二人介護を終えて…経験からわかったこと。

母と義父の介護が終わりました。

一言で感想を言えば、「大変」ではなく「終わって寂しい」の一言です。
経験して、世の中の介護に係るいろいろな事情を知りましたのでまとめてみようと思いました。
今後介護があるかもしれない方のひとつの参考にしてもらえたらいいと思います。

介護は基本は家でする
国の基本方針は、たぶんですが家で介護することなのだと思います。

母の例ですが、胃がん がわかって手術しその後容体が芳しくありませんでした。入院生活は3か月を越しました。急性期を超えても、元は独居生活をしており、家に帰ることが難しいために療養病棟に移されました。

療養病棟にも長く滞在することは国の定めでできません。療養病棟に移ったとたんに次の転院先を見つけるように病院から言われました。
ソーシャルワーカーさんはとても優しく親身に相談に乗ってくださいまして転院先をいろいろ考えてもらいました。療養病棟など病院も含めて長く入院することが出来ないシステムなのですがそんなに人間簡単に死ねません。つまり病院をあちこちたらいまわしをすることになります。
転院先を見つけることは困難をきわめました。受け入れ先はなかなか決まらず日にちだけが過ぎていきました。長く療養ができる医療付の施設はお金が半端なくかかるか(以下で書きます)もしくは家で看るが原則のようでした。
父の時もそうでしたが、どこもずっと長く居れるというのは難しいようです。本人の意思関係なくですから実際の現状とはかけ離れています。

療養型病院は、面接を受けて一度落ちました。
不合格の理由は、私が母のことをどうしたい?との院長先生の質問に対し「出来るなら現状維持」と言ったことです。現状維持を期待している家族があれば、療養病院は入院を拒まれます。

介護はお金がかかる
義父の時は、「ひだまり」というディーサービスに30日31泊するというような、ディーに通って泊まるを1か月繰り返し・・・つまりずっと居るというものを利用していました。もちろんディーサービスですから他にはたくさん昼間だけ利用している利用者さんもいました。毎日お泊りの義父はお仲間から社長とか言われていたようでそのような利用の方はあまりいなかったみたいです。

しかし、それは監査が入るといけないようで、途中から施設を通うような形、つまり「ひだまり」と短期施設を行ったりきたりすることで通っているように見せるのです。

オムツ代は、足立区では減額だったでしょうか、少し安くなったのですが通常は数万円かかります。

施設利用代など20万ちょっと下がる程が1か月の利用料でした。005.gif

また、脳梗塞になり苑田さんに入院し、その後リハビリ病棟に移動しましたが役1か月半ほどの入院でなんと50万以上かかりました!

それが、最後特別養護老人ホーム(国の施設)に入所できたら1か月数万で済みます。
しかしこの特養に入所できる人は、とてもラッキーな人かもしれません。
本人がラッキーではなく、負担がラッキー

とにかく、介護生活に入ったとたんお金は湯水のごとく消えていきます。
お金がない人は、自分で介護するか、生活保護を受けて(介護すれば働けなくなる)生活するしかないのかもしれないですね。


ケアマネさんにも当たり外れがある
義父と母と合わせると何人もケアマネさんがいらっしゃいました。
性格も違いますが、ずいぶんと違いがあるようです。
どんどんとわからない家族に不安を与えないようにフォローしてくれて仕事が早い方もいらっしゃれば、単に人が良さそうなだけで仕事はイマイチ…という方もいらっしゃいました。メールなどでやり取りすることもあったのですが、メールのマナーをよく知らない方も。



●特別養護老人ホームには、ほぼ入所は無理
義父の時は、一番重度で要介護5になり八潮市で申し込んだ所亡くなる前の月に入所することが出来ました。
足立区からは、亡くなって少し経ってから
4千人以上待ち
という回答が手紙で届きました。

どれだけの人が施設入所を待っているのかが伺えます。

どういう仕組みで入所が決まるかは、ケアマネさんいわく、わからないそうです。

八潮に最後入所が出来ましたが(義父の場合)、
要介護度が重く、さらに同居していた家族である母も介護認定を受けていて
さらに身内に子がいなく、さらに・・・と続いてやっと八潮での受け入れが可能になりました。


ほとんどの入所希望者は、現状入所することは難しいのが現実です。

●療養型病院の現実
前記しましたが、母の最後の入所先である医療型療養型病院は、基本入所時の面接時に、後々問題がないように確認をしパスしなければ入所できません。
問題がないようにというのは、
・「現状維持」できない。ことの理解
・治療に関しても通常の病院のような治療は困難。ということの理解
・ドクターはほとんど形だけ。ほとんどがナースによる主体治療で手術はもちろん、延命治療などはしないことの理解。のことです。

ナースがいても数人で、ほとんどは介護士やその他。
ほとんどドクターをみることはありませんでした。
そのドクターもパッとしないドクターです。通常の病院ではあまりみたことのないようなイメージでした。こういうと非難されそうですが、みれば靴もボロボロでしゃべり方もボソボソ。。。同じことの繰り返しを何度も言っているような方でした。

そして、何よりも感じたことは・・・

安い

特養なみに安かったです。
療養型病院は、国の決まりがいろいろある中で経営が大変だとネットで見ました。
それを裏付けるように、質を頑張って落とすしかないのかもしれません。
その中でも、みなさんやっていただいたと思っています。
本当にこのような所へもっと国の力を差し伸べて欲しいと切に思います。


お金がある程度あるのであれば、施設に入るのがいいのかもしれません。
介護は24時間、休みがありません。
オムツ交換やら、夜も体の向きを変えて床ずれを防がないといけません。
施設に預けてもなお、義父も母も床ずれが出来て苦しみました。
特に母は、かかとに3・4センチ深さの床ずれが出来てこそぎ取りました。
そこからばい菌などが入り大変なことになることもあるようです。
最後は水を飲むことさえもできなくなり、息も絶え絶えになります。
新鮮な空気を絶えず入れて最期は静かに逝けるようにできるだけのことを
周りがしてあげないといけません。
死という誰でも起きうる厳粛なものを親を通して経験するわけです。子としては親の苦しむ姿は耐え難いものがありました。1分でも多く生きて欲しい気持ちと早くらくにさせたい気持ちが交差し続けます。
経験して、初めて生きる大切さ大変さも学びます。
施設にお願いをしてしまった私でも十分すぎるほど苦痛を見たと思います。
これが自宅であったら、介護疲れで自分が相当ダメになってしまうほどの闘病です。
だから・・・お金を使ってでも専門の方にお願いをできる所は頼んだほうが良いと思いました。


お金をある程度は貯めて残しておかなければ死ぬにも大変。
これが介護をして特に感じたことです。
お金の苦労だけはせずに私の場合は済みましたので本当に親には感謝です。
義父も母も二人とも、生前、とても苦労して質素な生活をしましたが結局は、最期まで自分の責任を果たすということがお金でできたと思います。
もちろん闘病中の苦しみの中でも、子や孫たちに教えてくれることもたくさんありました。


もっと福祉が充実して、誰でもが安心して老後が迎えられる日本になれたらいいですが、長寿大国に少子化の波でそうは言えないというのが現実です。





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by pc_school_kitaaya | 2014-01-21 13:39 | 磯島の日記 | Comments(0)

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